2012年3月16日金曜日

東北の義理の甥っこへ


私も同じでムコの立場、私には義父母になるけれども、こうやって弔ってくれてうれしい。

隣町の所沢の市職労は陸前高田の支援に入っています。先日集会を持ち、小友保育所と長部保育所の保育士の先生お二人に来ていただいてお話を聞く機会がありました。深夜バスで来て、そちらでインフルエンザが流行って対応しなければいけないとのことで泊まらずにまた深夜バスで帰っていきました。頭の下がる思いです。

被災地のことに目をそむけたり、忘れようとしたり、自分のことだけを考えたりしようとしている人たちがいることも実感ですが、地道に支援をしたり寄り添いたいと考えて行動している人たちもたくさんいることも事実です。
国や腕力のある政治家に言われなくとも、ガレキの受け入れは被災をしなかった我々自身が受け入れるよう努力すべきです。我々の自治体を動かして受け入れるよう働きかけ、また、受け入れる提案に賛成していきます。「支援をしているつもり」と言いながら、実はこころない態度に悲しくなります。

こうちゃんかわいいね。
うちも孫が3人になったよ。
嫁さんにもよろしく。じゃ、また

以下、転載
ブログ「大震災から1年を迎えて (その2)20120311 1343

ここだけ時が止まったかのようです。
(つれあいの実家の止まった掛け時計の画像が掲載)

僕は未だ、『じいちゃん、ばあちゃんを助けられたのでは?』

と悔やんでいます。

この気持ちは一生変わることはないでしょう

じいちゃん、ばあちゃんがここで生きた証も

間もなく、解体という現実にさらされてしまいます。

でも、私達が生き続けて、じいちゃん、ばあちゃんが、

ここで暮らしたこと、身をもって津波の恐ろしさを

教えてくれたことを、絶対に忘れず、きっと

子や孫に伝えていくからね。


なんか胸がいっぱいで何を

ことばにしても空虚な感じがして

申し訳ありません。

安らかにお眠り下さい

合掌

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