2012年2月21日火曜日

念願の


自分用のB社の自転車(ホーム用というらしい、俗にいうママチャリ)を近所の自転車屋さんで買った。念願だった。

いつだったか。つれあいが後ろのタイヤの空気が抜けちゃったというから、見たら明らかにパンクしていた。それで、それを引きづって自転車屋さんに行ったらタイヤが擦り減っていてタイヤそのものをとりかえないとダメだといわれた。しかもフレームがいくつも折れていた。それでゆがんでまわっていた。これは三男がずっと使っていたのを、就職して出て行ってからつれあいが通勤用に使っていたものだ。どこかの量販店で安く買ったものだが、考えてみれば、相当の修理費を使っていた。大事によく使ったし、もう、廃車にするしかないと考えた。

つれあいは、それで今度買う新車は自分のものだという。それはそうなのだけれども、私のボロボロのママチャリを敢えて譲った。例のおまわりさんに呼び止められたやつだ。今のつれあいのように通勤用に使えば、駅の市営で無料の駐輪場で雨ざらしになる。盗難のリスクとてある。それは忍びない。私のを使ってもらうことにした。これまでに新車を買えばいつだってつれあいに譲り、私はそのお古を大事に使っていた。敢えて今度は逆にしてもらった。

B社の製品を買うのは度目ぐらいだと思う。最初の自転車は良く使いこなした。つれあいが自転車に乗り始めたころだ。本人がまだこわいというから24インチだった。新婚のころのこと。そうして、子どもができて、前にも後ろにも乗せて走った。引っ越しのときも持ってきた。つれあいに新しいのを買ったとき、私が譲り受けて使った。とにかくもうボロボロになるまでその自転車にはお世話になった。2台目は震災の直後につれあいの職場用として買った。それで乗り心地の良さを確かめている。

自転車はどんどん安くなっていって、ほぼ正価で売る街の自転車屋さんではだんだん買わなくなった。以前の我が家は家族6人。なにしろ人数分の自転車が必要だった。通勤通学で使うので、ほとんどの時間を駐輪場で野ざらし同様に留めて置く。ときには盗まれたりいたずらで壊されたりすることもあった。それで、安い自転車を気軽に量販店で買うようになった。「使い捨て」のような感覚になってしまった。盗まれたり壊れたりしたら買えばいいと。だが、モノを粗末にするのはやはり違和感があった。また、パンクや修理は近所の自転車屋さんに持ち込むのに、製品はその自転車屋さんで買わないというのも後ろめたさがあったりした。長くに使えば使うほど、結局は高いものについた。1万円もしない値段で買って、それと同じぐらいの修理費を結局使っている。車輪やタイヤ、ライト、鍵など、チャチだったからそのうち壊れた。

今回買ったB社の自転車は、量販の安いもので買えば4台分ぐらいの値段に相当する。1,800円はまけてもらった。現役だったら、まだ買わなかったかもしれない。退職金で買った念願の自転車ということになる。もちろん、ちょっと遠乗り、気分転換にはクロスバイクを使う。ただあれは荷物が運べない。今度の新車はちょっとお買いもの、郵便局へ、ジムへと乗るのに使う。屋根のある我が家でシートもかぶせて大事に使うつもり。なにしろりっぱなものを買った、荷台は27kgまで大丈夫だからチャイルドシートが可能だ。つまり、孫が乗せられる。昔はそんなこと、安全性なんて考えなかったなあ、普通に子どもを乗せていたっけ。子育てに夢中だったころだ。

使用頻度からいえば、つれあいにこそ譲るべきで矛盾するのだけれども、そのへんもおいおい考えたい。

10年後には無くなるであろう退職金で、私は今、贅沢をしている。

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