2012年1月15日日曜日

あ 前途多難

できることなら東京方面には行きたくない。
私には東京が巨大な墓場に見える。コンクリートのビル群が墓標、住み家が巣穴にみえる。しかし、そんなことは言っていられない。

説明を追加
福島県飯舘村支援の「味噌の里親」プロジェクト(被災地支援の種味噌プロジェクトから発展的に継承)の訴えを代表の増田レアさんが熱くすらすらと語ったあとに、私は、ボランティアとして「味噌づくり講習会」の開催を引き受けてほしい旨、噛みながら訴える。

訴えの終了後おひとり、開催したい旨のお申し出の相談を受ける。ツイッタ―で宣伝したいとも。ありがたい。広島ピアノさんという男性の方。JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)にもかかわっているとか。

ご近所の斉藤さんとの約束は5時だ。余裕をもって帰れると踏んでいたのだが間に合いそうにない。みなさんにろくに挨拶もせずに会場を飛び出す。

走る。来た道を帰ればいいのに、都会は方角がわからない。途中に路上駐輪してある自転車が目に入る。撮影したかったが思いとどまる。時間がないのだ。細いタイヤのクロスバイクだった。

一足違いで急行は行ってしまった。仕方ない、有料の特急に乗る。それでも、五時半になりそうだ。急なお願いをしておいて、それで遅れるなんて…。

1月も半ばになって、2月の日程が決まっていない団体なんてないわよ(遅いわよ)と言われたのが今朝の電話。おそらくみなさん、そうだろう。そこをなんとかと頼み込むしかない。

話を聞いたからわかるけど、字が多すぎるわよ。それと字が小さい。読まないものよ…。つまりなんなのかはっきり言えばいいのよ。原発事故のためにひどい目にあっている飯舘村の人たちへの支援のためだってね。その方が食いつきやすいわよ。それに案内が遅すぎる。みんな活動活発だから、意外と日程詰まっているのよね。みんな年寄だから、やるとしても午前中。来ていただけるの?その味噌づくりのプロって方、申し訳ないよね(人数少なかったら)。今日のうちに宣伝はしといたけどね、なんだか味噌をつくってボランティアだとか、ハナシ聞いてよかった、やっとわかった。あたし東京育ちで味噌は買うもので、この歳までつくったことないのよね。興味はあるの、聞いたことはあるけど。樋口さんなんかいつもつくっているらしいけど。とにかく明日大急ぎでみんなに相談してみる。でも、旦那さん(私のこと)えらいわねぇ。

ここに至って前途多難はいくつもありそう。出来るようにやろう。人の繋がりを残すことが大事だと考えられるから。善意の実績を残そう。

仮に今年やれなくても、来年はやるわよう、9月から準備すんのよ、その時はやっぱり旦那さん(私)に話してもらう。この間、つれあい様がお亡くなりになって独り暮らしの斉藤さんのお宅をあとにする。

夕食には、久しぶりにお酒を飲む。少し寝不足だ。9時からのNHKスペシャルを見ながら酔いの睡魔におそわれ「やっぱ、えらいこっちゃ、海洋汚染」と夢見心地。でも酔い覚めは早く、湯たんぽを入れて、今度はああだこうだと立て直しを考えながら床に就きました、とさ。

力の無さのはずかしさ。

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