2010年5月23日日曜日

こむらがえり


 夜中に足がつる。それで妻殿を起こし訴えて親指をひっぱってもらう。その時は寝ぼけていた同居人はそれっきり眠れなかったらしい。私は二度寝したらしいのだが。

 米軍基地の居座りどころか新しい基地建設をやるぞという国の方針をあらためて聞かされた沖縄の人々の憤慨の声。そして口蹄疫の対応で宮崎の人々と動物の無念と悲痛の声。そんなときに、私はこむら返りをやっている。ふくらはぎがいつまでも痛む。なんか、間が抜けているのだけれども、そんな声が心に聞こえるようで胸も痛むが、ふくらはぎまでとは。

☆私の5月17日「はずれ、スカ」にコメント(5月21日)をいただいたハマタヌさんへ~敬意を込めて~

口蹄疫の事件、とにかく実感、経験、見通しを含めてすばやく知見を貴ブログはアップされ警鐘を鳴らされたのは的確なことだったと敬意を表します。中味は具体的でありました。決して他人事とはしてはいないその立場に信頼感があるわけです。みんながコメントを寄せるようになって情報の交流の場にさえなりました。しかしながら、専門的局面かつ臨場的場面ですので私にはコメントができません。
また、こういうときの感情移入は当然の成り行きです。だから人間として繋がりを感じるのであって、これに冷笑をあびせるネット・オタクなんぞもありましたが、もはや付け入るところはありません。心があるから響くのです。どうぞ負けないでタフでいてください。言わなくともタフかな(…)。

ウィルスのことも大きく言えば、これまでの人間の為せることへの自然のしっぺ返しではあると考えます。が、今はそういう評論をしている場合ではなく、軽々しく言えません。根源的にはこの問題だと考えますが、後日、この辺も噛み砕いて論を展開していただければ興味深いものです。

基地のことは今の人間のなせる業なので運動を継続していくことだと考えます。道理が通らないのであれば非暴力であるけれど、ありとあらゆる形での「抵抗」をするのみです。そして、平和と生活はどうあるべきか攻めが必要です。兵器と基地で、平和と安全と生活はつくれないし、守れない。守れるのは軍と軍需産業と投資家の国家だけです。友好関係とは軍事同盟ではない、ということだと考えます。他人事のような空気があったとしても、おかしいなという声を多数にしていくことができると思います。難しいことをわかりやすく、我が身に置き換えて…。

参照;ブログ『農と島のありんくりん』
こちら⇒http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/

2 件のコメント:

ゆっきんママ さんのコメント...

同感です。

余情 半 さんのコメント...

ありがとうございます。