2009年11月15日日曜日

第2回目多摩公演終了


 「いい天気になりました」今日の会場の実行委員長のご婦人の挨拶はこの言葉で始まった。
 玉川上水、場合によってはここに住んでいたかもしれなかった。ここから初めてモノレールに乗り南下、終点へと向かう。富嶽とはよく言ったものだ実にきれいに見える。

 同じ武蔵野でも地域性がある、客席からの反応の仕方が違うらしい。今日は“ポンポコリンの山”だったはずの多摩が会場だった。昭島の会場の反応はおとなしかったらしい。だからといって不評だったのかというとまったく逆でアンケートは「よかった、泣けた」のオンパレードだった。昨年の福生(ふっさ)もそうだったらしい。

 前の方に座ったから耳でしか会場の反応と入りがわからなかったが、フィナーレになれば拍手は鳴り止まなかった、会場が明るくなり思いっきり後ろを振り向けばなんと埋まっていた。やった!よかった。

 生きとし生ける生命を絶ち、干潟を破壊し、海で生業(なりわい)をする漁民の生活を狂わせた、なにを以ってあの水門293枚を閉めたのかと、あのころにかえろうというメッセージ性をもった構成のミュージカルである。あのころとは。
 素人がやるからといってお稽古の発表会でもなければ、メッセージがあるからといってお説教でもない、格調高い見事なミュージカルに完成されていると思われる。玄人裸足だ。だから、たとえ義理と人情、半信半疑でお付き合いで観に来たとしても、帰るまでには、おおっとこころが動き、泣き上戸は泣き、皆が自ずと拍手の手拍子に加わり、それが鳴り止まぬ。提起された「在り方」、生き方は、私たちの憲法にまつわることだという。自分の頭で考えてみたい。キャストには諫早の泥を見に行った人もいたそうだ。そうして見事な役を演ずる。皆が同じ生き物どうしに成りきる。
 常設の練習場を持つわけでもなく、毎度借りた稽古場を渡り歩き、いつも空調があったわけでもなく、交通費もなにもかも全てが自前で、仕事の合間の土日をつぶし、今日(こんにち)までに至った。出演者には幾度も参加し経験した人もいるだろうが、初めての参加者には全てが新鮮である。

 導入の荘厳な音楽が私のイメージには江戸の時代が想起される。博多の西南に背振山(せぶりやま)がある、これを越せば向こう側は佐賀。その山中で聞いた九州弁は濃すぎて同じ九州もんの私でもわからなかった。はるか見渡せば瑞穂豊かな佐賀平野がある。クリークが縦横に走る、元を辿れば海だったところだ。封建の昔、米の生産が経済の本位であったころは田畑を増やすことは国を富ますことであった。有明の干拓は今に始まったことではない。しかしその歩みは徐々に行われ、干拓ができるころには彼方に新しい干潟が形成されていた。佐賀の平野は分をわきまえつつ徐々に増えていった。
 しかるにだ、「何が起きたのだ」生き物からみたらそういうことになったのだろう。だからセリフは擬人化して「何をしたんだ!」になっている。人間のしたことについて、繋がる海と生命を断ち切ったこと(死)への怒りだ。なにをしたのか、1997年4月14日以降のこと。人がしたことは人がやめられる。人として関わりと希望を捨てない。

 いずれ腕に覚えのある人たちとはいえ、普通の市民がこれほどのことを演じられるものか、見事なものだ、自然な態の“成り切り”も素敵だ。Rちゃんもきれいだ。今、公演中のミュージカル・ムツゴロウラプソディ。

 握手をくださった作・演出の田中暢さん(黒い服装)の手のひらは温かくやわらかかった。

以下は好評のうちに終了
 2009年11月 7日(土)  昭島市民会館      
 2009年11月15日(日)  パルテノン多摩
    

以下が次の公演。気取らずに表現すれば「もう、観なきゃ損!」
2009年11月21日(土)  飯能市市民会館 開場17:00 開演18:00  
2009年11月23日(祝)  武蔵野市民文化会館  開場15:00 開演16:00  
2009年11月29日(日)  立川市市民会館        
 【昼公演】開場14:00 開演15:00 、【夜公演】開場17:30 開演18:30

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