2008年7月11日金曜日

海ぶどう

 「海ぶどう」は先島諸島あたりの産物で、生(なま)はとても珍しくおいしかったのが最初の出会いでした。たしかに宮古島で賞味したのが最初で当時は季節の食べものでした。
 そのうちフィリピンあたりから入ってくるようになっていましたが、国内でもついに養殖に成功します。

 実はこれも先日(7月7日)紹介した沖縄県恩納村漁協でしたが、モズクの養殖方法と同じくその技術を開放しました。モズクも海ぶどうも適作地は沖縄・奄美ぐらいで同じ地域の仲間、漁業者たちに貢献するのだから構わないと思ったそうです。実は誤算がありました。モズクは海でつくります。海ぶどうは「陸上養殖」といって、海水を引く装置と水槽と建屋(日光の遮断を調整する装置)があればつくれます。つまり漁協(漁業者)でなくともできました。現実には土木業者やホテル資本、その他漁業者でなくとも参入ができ、実際にそうなっています。
 「陸上養殖」はひらめなど極端にいえば山の中でもできます。新興ファンドの投資先になったりもします。一方で海に四方を囲まれていながら断崖絶壁であるが故、漁業がままならない鹿児島県トカラ列島の硫黄島での事業の可能性も秘めていました(どうなったのか知りません)。世界的に資源の枯渇がすすんでいるタコもイタリアではこの方法での養殖がはじまったと3年前に聞いたことがあります。

 写真中央の方が恩納村漁協組合員の銘刈(めかる)さん。この人が初めて海ぶどうの養殖に成功したひとです。1989年のことで、漁協では94年から本格出荷が始まります。今では息子さんも後を継いでおられます。海ぶどうの開発、さんご礁の生態系を保全するための「さんご植え付け技術の開発」にたとえ独りになっても執念を燃やし貢献されてきた方だと紹介されました。つまり「変わり者」だと、恩納村漁協の変人で且つ科学者の比嘉指導員(右の方)に紹介されました。はぐれものの私にはとても親近感が湧いたわけです。変わり者とは一途な人が多いようです。

 さんごは植え付けることによる繁殖だけに留まらず、卵を産むさんごとしての再生産に寄与することが期待されているそうです。沖縄で潜ることが好きなひとは是非植え付けにご協力ください。

 海ぶどうは扱いがやや難しい商品でまだ高価な「みやげ物」の範囲ですが、遠からず身近な食べ物になるかもしれません。それがよいことかどうかわかりませんが。

 この漁協も06年に沖縄県から水産第1号として地域特産品の産地認定を受けています。商品開発がすすんでいます。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんばんは♪
初めてコメントさせていただきます。
我がブログにいただいたコメントと貴方様のブログの文章と・・・
大分、感じが違いますが・・・
どちらが本当の余情半さま!?
ところで・・・
ブログをリンクさせていただいてよろしいでしょうか?

匿名 さんのコメント...

勉強になるなぁ。そうか「陸上養殖」もあるのか。理屈ではわかるけど。
恩納村漁協の実践はスゴイと思います。観光ともリンクさせて、しかも海を守っています。サンゴ植えつけ技術なんか、しびれます。私がやっている霞ヶ浦の自然植生再生とお、まったく同じで、しかも、漁業という生業と一緒にやっておられます。

これからの時代は、自然の再生と第1次産業の再生がイコールになる時代ではないのかと思いました。

匿名 さんのコメント...

ゆっきんママさま、いらっしゃい♪
いきなりお邪魔しました際はごあいさつもご招待もいたしませず、失礼しました。またその節はご丁寧なごあいさつありがとうございました。初めはネクタイ姿、すなわち「よそ行き」で他所さまにはおうかがいするわけでして、こちらは「カリユシ・ウエア」普段着のおしゃれ姿でございます。拙ブログでよかったらお使い下さい。

ハマタヌさま、いつもコメントすみません。
えびの養殖やうなぎの産地で詐欺を働いた輩がおりましたが、陸上養殖もできぬことではありません。ただ認知度が低いのでまだひっかからないのでしょう。私はあの「雛」さんたちの餌食べられなくて落ちこぼれる方、野良のトラちゃんに頭押さえつけられていた方のタイプです。身につまされておりました。くくっ。

この列島では絶滅したはずの野生のトキさんところにちょっかいかけたのが運のつきでした。この日記も3日坊主は克服しましたが、3箇月坊主やりそうで四苦八苦、はは。

匿名 さんのコメント...

こんばんは♪
ご了承いただき、ありがとうございます!
人ってどう繋がっていくかわからないもんですね♪
でもきっと・・・もともとみなさんとは縁ある方たちなのだと思っています。
前世からのつながりかも♪